ある日出会った仮面と僕

音の世界



龍山の雪はまだ深く、春と言えどもまだ肌寒い季節。

貴陽に移り住んで年を越し、は二歳になる年を迎えた。
は行動範囲を広げ始め、紅師の息子ということで温かい配慮を受けて無事育っていた。

という今も僅か二歳の子どもがちょこんと一人茶屋に入って団子を食べているというのに、店主はそれを問いたださない。
のことを知らない客は不思議そうにこれを見て、店主に問いかけるものの、本人に尋ねたりはしない。

はむはむと団子を頬張る小動物はいつまでもマイペースにおやつタイムを続行し続けるのだった。


そんなの横の席に、そこそこ身なりのいい、少なくとも破落戸ではなさそうな男達がひどく酔った様子で店の中に入って来た。
酔い醒ましに茶屋に寄ったのだろうか、男達はそれぞれ茶を一杯ずつ頼むと、くだを巻き始める。

「俺は故郷の家族の期待背負ってやって来たっていうのによ〜、何だよ、運が悪すぎるよ。ごめんよ〜、親父ぃ」

机に突っ伏してぐずぐず泣き始める男。

「うるせえっ!お前は呪いの13号棟じゃなかったじゃねぇか!こちとら、最期の際まで脳髄に残りそうな顔を見せつけられて…………っ!故郷の許嫁にどんな顔してあえばいいんだーっ!」

頭を抱えて突然怒り出す男。

「何だってこんな年に受けちまったのかなあ、俺。ふ、ふふふふ。来年受ける気力がないよ」

ただひたすら俯いて暗い笑みを漏らす男。

話だけ聞けば、何らかの試験に落ち、それをアクシデントのせいにしているということがわかる。

「発表を見る前からわかってたけどさ!一世一代の覚悟で挑んだ国試で、殿試で王の問いかけ無視して受験者の顔見てるって、なにやっちゃってんの俺ーっ!」

ひとりの悲痛な叫びに周りの二人が心から相槌を打つ。
昼間っから酔っ払ってめそめそ泣いている男達のせいか、客が店を後にし始めた。

いつの間にか、一番彼らに近い席で気にすることなく食べ続けるだけになってしまった。

「なかば理性があって再起不能になれなかった自分が恨めしい!」

うわああああん!と盛大に泣き始める男達に、店主も辟易した表情だ。

「うるさい…………」

どんなオーラ出してくだ巻こうとも気にしないが、大声を出すのだけはやめてほしい。
そんな思いを込めて呟いたの言葉を聞いて、男たちはあァ!?とすごんで振り返る。

「うるさいです。声抑えてください」

顔をそちらに向けず、今までかぶりついていた串から団子を外して皿に月見団子のように盛り付けるのに夢中なは、男たちが漂わせる殺伐としたオーラに気がつかない。
いや、気にしていないのか。

「坊主、言葉に気をつけな。今の俺たちゃ、相当気が立ってるんだ」
「知らないよ、そんなの」

直球で返すを見て、男たちはますます顔を怒りに染め、店主は青ざめて紅師か静蘭を呼ぶべきか迷った。

「俺たちはそれぞれ州試をくぐり抜けて国試に挑んだんだよ!それをこんな情けない理由で終わらせられた俺たちの悲しみがわかるか!あんなの反則だ!」
「どんなアクシデントやハードルも乗り越えてこそ本気が試されるってものでしょ。本気でやりたいことならハンデなんか気にせずやれば?情けない」

本当に容赦ない物言いだが、は別段興奮した素振りもなく淡々と突っ込んでいる。
しかし残念ながら、横文字が沢山のの言葉は相手に理解されず、彩雲国の言葉で喋った部分だけ、伝わったらしい。

つまり『情けない』ははっきりと伝わった。

男たちに自覚はあったのだろう。
学力的な未熟さや覚悟全てを、酒のノリで他人のせいにしていただけなのだ。

「ッ!このガキっ!」

男のひとりが振り被った手をに振り下ろす。
店主が慌てて間に入ろうとするより先に、の前に滑り込んで男を制した人物がいた。

「子どもに手をあげるのは感心しない」

少しくぐもった声が聞こえて、は記憶にあるものと照合してみるものの、あったものはいない。
ブッブー、と大きく出た×印を追いやって新たに記憶する。

「お前も人の神経を逆撫でするような事を言うな」

きょとんと首を傾げたの前で、男たちは色を失って慌て始めた。

「お、お前…………!」
「何でこんな所に!」
「しかも何だ、その仮面!」

かめん?とは小さく呟くが、その疑問に答えてくれるものはいない。
男たちは何かおぞましいモノを見たかのように代金を机に置いて逃げ出していった。
去り際に三人揃って叫んでいった言葉は。

「「「思い出したくないーっ!!」」」

男たちが何のことを思い出してそう言ったのかは分からない店主だったが、現在の光景においては、全力でそれを肯定したい。

「ずいぶんと口が達者なようだが、後先を考えないと今のようなことになるぞ」

間に入った人物が、そう言いながらの横に腰掛ける。

「そうなの?」

過去現在を通して、色んな人に心配されている『いき過ぎた正直さ』を自身はわかっていない。

「殴られるところだった」
「うん」

自分がおかれていた状況が分かってないのかと思って、そう言ってくれたのかも知れないが、生憎は状況が分かっていなかったわけではない。

「とりあえず、ありがとう。お兄さん」

にっこりと笑ったを見て、相手は驚いたような息を漏らした。




黄鳳珠の機嫌は凄まじく悪かった。

会試に臨めば自分の顔のせいで周りは屍累々。
自分の顔にも動じない女人に恋をしたと思ったら、「その顔の隣で奥さんなんかやってられません」とフラれ、挙げ句の果てには人生の汚点とも言える同期の妻となられた。
ここまででも随分怒りは溜まっていると言うのに、それから幾日もしない今日、その同期が堂々と門番を押しのけて「○○屋のおしるこの味を盗む。付き合え」などと言って鳳珠を無理矢理引きずってきた。
いくら何でも堪忍袋の緒がキレた。

問題の茶屋の前でいい加減にしろとほえかけた時、中から客が次々出て来る。
こんな真っ昼間に、酒も出ない店の中で乱闘なんか起こるわけがないだろうと思いつつ、鳳珠は同期と共に中をのぞき込んだ。

団子を黙々と食べる幼児と、くだを巻く酔っ払い。

「ああっ!」

横で同期が感極まった声を上げたので視線を投げれば、頬は染まって目はキラキラと輝き、兄を語る時の顔だ。
気色悪いことこの上ない。

とこんな所で出会えるなんて、まるでうんめ」
「黙っていろ」

一人暴走しかけている同期を黙らせて中の様子を見守る。
事態は雲行き怪しく進んでいき、幼児の言った何事かに酔っ払いたちの顔が怒りに染まっていく。
話題になっているのがここでも自分の容姿で、鳳珠の機嫌はさらに急降下した。
幼児は背を向けたままで気付いていないのかも知れないが、今にも殴りかかりそうな酔っ払いたち。

「おい、助けないのか」
「あいつら、私の可愛い可愛い甥っ子に絡むなどと……!影、あいつら全員抹殺して来い」
「やめんか!」

扇で隠した口元に氷の微笑を浮かべて、本気で指図した同期にその言葉を取り消させる。
まったく何だってこんな天上天下唯我独尊トンチンカン兄一家馬鹿男のお守りのような真似をしなければならないんだ、と我が身の不遇に嘆く鳳珠。

「お前がちょっと行っていつも通り脅せばいいことだろうが!」
「だ、駄目だ!それは駄目た!」
「何だと」
「今私は琵琶を持っていないんだ!」

床にくずおれながら心底悔しそうな同期に、それがどうした、と全力で尋ねたい。

「わ、私は琵琶を持っていないと近付いただけで泣かれるんだ!!」

悲壮感たっぷりでそう言った同期と店の中の幼児を見比べて、鳳珠は納得した。
この同期は、紅黎深は、泣く子も黙るどころか呼吸を忘れ、大人もふんどし一丁だろうと逃げるを選ぶ性格最悪、極悪人だ。
もしそれを知っていたなら身内にそんな人物がいるだけでイヤだろう。
琵琶というのがイマイチ分からないが。

にキライだなんて言われたら…………!」

自分の妄想に打撃を食らって、めそめそ と泣き始める黎深を、朝廷でこいつに怯える官吏たちに見せてやりたい。
……………………………いや、それも新たな恐怖を生むか。

「ということで鳳珠、君が言って颯爽とを救って来たまえ。もちろん優しい琵琶仙人の遣いと言うことも忘れずに」
「ふざけるな」

中には幼児や店主がいるのだ。
自分が出て行ったらどんな惨状になるのか想像は容易い。

「君の顔面凶器を役立てる時が来たんだ、遠慮なくやりたまえ」
「お前の甥が再起不能になってもいいのか」

その言葉に対して黎深はそれはもう投げやりに、ハエを追い払うような手振りをしながら、答える。

――――ああ、は盲目だ。流石のお前の顔も、あの子には効かない」

黎深の言葉に、鳳珠は高速で幼児を振り返る。
串から外した団子を月見団子のように重ねて遊んでいる(のか?)姿からはとてもそうは見えない。

となると背を向けたまま喋っている理由が分かる。
ということは殴られようとしているなどと気付けるわけが無いではないか。

「まったく、君が躊躇うと言うのなら仕方ない。これを貸してあげよう」

黎深がどこからともなく取り出したのは奇怪な鳥の仮面。
鳳珠にとって色々と嫌な思い出があるそれを、黎深は勝手に鳳珠の顔に装着し、が危ない、早く行け!と店の中に押し込んだ。

鳳珠は仕方なく、しかし幼児相手に本気で上げた酔っ払いの手を掴んだ。
間に入り込んだ不気味仮面の正体を立ち姿諸々で悟った酔っ払いたちは一目散に逃げていく。
店主はもう嫌だ、しくしく。などと言って厨房に引っ込んだ。

状況が分かっていないのか、呑気に団子をつまんでいた幼児は鳳珠の言葉に対して掴めない答えを返し、にっこりと微笑んだ。

「ありがとう、お兄さん」

幼児とは思えない、少し超然とした笑みに息を漏らして鳳珠は声もなく目を瞠った。



「殴られでもしたら無傷では済まなかっただろうに」
「そ、そうだね」

鳳珠がの横の席からそう言うと、幼子はどこかバツの悪い笑みを浮かべて衣服に隠されていた左手をさりげなく皿の上に戻した。
鳳珠は仮面越しにその仕草を目で追い、二度目の驚きを感じた。

音をたてぬようにそっと置かれた四本の串。
彼の皿の上を見れば串だけ外された団子の山。
そして、彼が串を外し始めたのは――――それまでたたかぶりついていた団子を串から外していたのは酔っ払いに絡まれてからではなかったか。
言い方を変えれば、串だけを回収し始めたのはが苦言を呈する前後ではなかったか。

――――――竹串と言えども、目に刺されば十分な大怪我になる。

得体のしれない、二歳児とは思えないに鳳珠はぞくっと背筋を粟立てた。
鳳珠とて、気功を体得し、殺気を放ったり警戒したりしている人間の様子は察することが出来る。
しかし、この幼子は何処までも普通のまま、何をしようとしていたのか。

あそこで止めに入らなければ、無傷で済まなかったのはどちらなのか。

幼い無垢な表情の中に滴る純粋と言う名の毒を感じ取り、この子どもは黎深と似ている、と咄嗟に思った。

自分と他人。
大切なものとそれ以外。
傷つけていいものといけないもの。

とても重要な取捨選択を、この子どもも、いとも容易く行う。
そしてそれが、何よりもまっすぐな感情に基づくことが、何より悪い。

これが、紅家の血を引く男子の証。

「お兄さん、仮面付けてるの?」

すっと紅葉のような手が伸ばされて、鳳珠は思わず後ずさりした。
はそれに驚いたように眉を上げ、はっし、と鳳珠の絹糸の髪をつかんだ。

「…………なんで逃げるの?」

心底不思議だというように首を傾げ、鳳珠は我に返った。

何だ今更。
もっと極悪非道な奴と付き合ってるではないか。

その幼子の手をそっと解し、再びその隣に腰掛ける。

「僕は紅、お兄さんは?」
「黄鳳珠という」

自己紹介されずとも、入り口からものすごい気を送りながらこっちを見ている同期のせいで知っている。

「ねぇ、仮面つけてるんでしょ、とってみせて」

いきなり直球で投げ込まれたお願いに、遠慮のない子どもらしさを見て、鳳珠は僅かばかり安心する。
自分の顔を覆う仮面に手を触れて、盲目のこの子には関係ないか、と店主がいないのを確認して仮面を外してに渡す。
それにはむっと頬を膨らませ、違う違うと首を横に振った。

「僕が見たいのはお兄さんの顔だよ」

仮面はもう「見た」もん。
と言うと、鳳珠の膝に手を置いて身を乗り出してくる。

「これくらいの距離でなら、硬質な仮面の形状くらい掴めるよ。人の顔の違いは細かいから無理だけど」

その言葉を聞いて、鳳珠は戸口の黎深に視線を投げる。

この子どもは天才か――――と。

それに対して黎深は何の反応も示さず、ただ扇をぱちりと閉じた。
触れてもいい?と聞かれ、それが自分の顔のことであると悟った鳳珠は幼子の前にそっと屈む。

表面を滑るように触れていくの手は、子どもらしい体温を鳳珠の顔に残しては離れていく。
首筋、顎、頬骨、唇、鼻梁、こめかみ、眉、額。
遠慮なく触られても不思議と不快さを感じさせない接触はそれほど時間がかからずに終わった。
ほうっと息を吐き出したはちょっと寂しそうな顔をして、お兄さん、美人だねぇと呟いた。

「気を悪くしたらすまない。見えないことは――――辛いか?」

二歳児に何を聞いているのだろう、と思いながらも、似は視線を向けず、その先に見える黎深を見たままその疑問が口をついて出た。
それになかなか答えが返ってこないことに気を悪くしたかと思って下を向けば、先ほどまで伏せていた瞼を押し上げてくっきりとした瞳がこちらを見上げていた。

盲人の目とは思えないほど、澄んだ黒瞳。
焦点は鳳珠の顔にしっかりと定まり、逸らされることはない。
すっきりと切れあがった目元と長すぎない睫毛、表情は険しくないのに、眼差しは薄氷を被せたように冷静さを錯覚させる。

「………もっかい」

睫毛が震えてその瞳が閉じられ、鳳珠は体の力を抜いた。
小さく呟かれた言葉に、どうした、と声をかけると、今度はぷるぷると体を震わせ始めた。
泣かせてしまったのだろうか、と慌ててその顔に手を当てて上向かせると、いきなり鳳珠の腕に強くしがみついてきた。

「お、おい…………?」
「ぼ、僕……………………………こんな綺麗な声の人初めてだ!!」

じーんと感動したような表情の幼子が、興奮を隠せない声音で叫ぶように言った。



一人きゃーきゃー興奮して手がつけられなくなる様は叔父と良く似ている、と再確認した。

あれからやっとのことでを落ち着かせると、鳳珠は自分の迂闊さを呪った。
盲目だからいいかと思いきや、仮面を外せばその超絶美貌と超絶美声の両方が露わになるわけで。
この幼子にとって後者は十分な興奮剤となる要素だったらしい。

しかし興奮してもそこでしっかりと自分を取り戻せるので、一般人よりは遥かに上である。

「それで、何の質問だったっけ?」

ずずずとお茶を飲み、団子をいくつか口に放込んだ後、けろりとして問いかける

「見えないことは、辛いか、と」
「うーん、何度聞いてもじーんとくる声だね。……………ごめんなさい。辛いかって言われれば――――――辛くないとは答えれない」

見えなくて不自由がないって言ったって、見たいと思うことはあるもの。
そう静かに答えたの顔には薄い影が窺える。

例えばね、とそう切り出したは団子の一つを指でつまみ上げ、鳳珠の前に翳す。

「これは何色?」
「何色、と言われればよもぎ色だな」
「そう、これはよもぎのお団子だからよもぎの色をしている。じゃあ、そのよもぎって何色?」
「…………」
「どんな色にしたってそう。僕やあなたの姓の色も僕は分からない。紅ってどんな色?って聞いて椿の花の色なんて言われても、僕に分かるわけないじゃない。僕は何処まで行っても、何をしても、どんな言葉で表現しても、他の人と同じ世界を見ることはできない」

淡々と言う表情に影はあるものの、先ほど見せたさびしげな表情は無くなって、事実として受け入れているようだった。

「形も僕が勝手に思い描いているだけで、描くと言っても僕は何も見たことないから夢でも想像でも僕は盲目なままなの。夢の中でも僕は何も見えない、触覚をたよりに動き回ってるのは現実と変わらない。どうしても知ることが出来ない、見ることが出来ないと思えば思うほど、見えないことが嫌になるよ。でも、僕って意地っ張りだから見えないことがハンデって思いたくないの」

だから特別扱いが嫌いだった。
劣ってるって思ったらますます惨めになるから、特別扱いをしてほしくなかった。
どんな善意も卑屈な自分は全て同情として受け取ってしまう。

は最後の団子を口の中に放りこんで茶を飲み干した。

鳳珠は感情を含ませずに答えた幼子に何も言葉を返すことが出来なかった。
気になって深く考えずに言った質問にこんな重い返事が返ってくるとは思わなかった。

「だからね、僕は音が好き。絶対に僕を騙さない本当の音色が好き。音にしか、僕の世界はないんだ―――――――

ことんと卓に頬を押しあてて幸せそうな声で笑み崩れる

「初めてだよ。こんなに正直に喋ったの。それはお兄さんが、僕と似て非なるコンプレックスを抱えているからかな?」
「コン………?」

鳳珠の疑問に答えることなく、は机に代金を置いて立ち上がる。

「またね。扉の横にいる人によろしくね」

最後の一文は鳳珠の耳元に囁くようにして告げられた。
慌てて戸口から姿を消す黎深を見て、鳳珠はため息をつき、バレバレだったというのは黙っておいてやろう、と思った。

が去って行ったのを見ると、黎深が代わりに入ってきた。

「私の甥に慣れなれし過ぎるぞ!膝に手をついて顔をのぞきこまれて………!挙句の果てには美声で陥落しおって………はお前になんぞやらんからな!!」
「その前に性別を考えろ、馬鹿者」

にべもなく切り捨てる鳳珠に、黎深は一つ鼻を鳴らして先ほどまでが座っていた席に腰を下ろした。
と、目の前の皿を持って頬をすりよせる。

「ふふふ………さっきまでが座っていた椅子………食べていた皿に串…………!おい、店主!この椅子と皿と串を金五両で買いとる!!」
「変態行為はやめんかっ!!」

思わず手が出て黎深の一つに結われた頭をすぱこーんと叩いてしまった。
後頭部をさすりながら不機嫌そうな表情で振り返った黎深に先ほどの幼子を重ねてみる。

「お前とあの子どもは良く似ているな……………」

自分だけの世界でしか生きられない。
こうして付き合っている今も、自分とこの男の視点は違うのだ。

「私に?君の眼は節穴か?全然似ていない。――――――兄上に似ているんだ」

容姿も、考え方も。
黎深は変わらず不機嫌そうな顔のまま、扇を開いたり閉じたりしてそこに描かれた『桐竹鳳麟』の家紋を見つめている。

「邵可様に?まだそう何度も会ったわけではないが…………どちらかと言えばお前に似ていると思った」
「ふん、お前が知るはずもない。私だけの兄上だ。そしてあの子は紅家嫡流の長男…………………忌々しいことに紅家長男の性は皆似ている」

鳳珠は釈然としないまま、黎深の表情を注意深く観察した。
しかし、相変わらずの仏頂面だけがそこにはあった。

そしてしばらくの後に恐る恐ると厨房から代金を取りに出てきた店主は、鳳珠の顔を見て卒倒することになる。


2009/08/09  移動