ファーストコンタクト

雪の舞う日の出会いは今も


先生が明日の連絡をして、日直に日誌を提出するように言う。
どんよりとした空を見上げて、俺はいつもと同じ思考で早く終われ終われ、と願った。
俺も結構授業じゃ寝ちゃうタイプだけど、HRくらいは起きてるんだ。

ちなみにはプリントとか討論とか、参加型じゃない授業は大抵寝てる。
歴史なんてチャイムと同時に寝る体勢なんだから。

あれで学年トップってのが納得いかないね。
前聞いたら、教科書読めばいちいち授業聞かなくてもテストはできるだろ、と言われた。
うーん、確かに先生は教科書から授業してテスト作るけど、先生の話の方が重要なところ強調してくれるからテスト点とりやすいんだよな。

授業は寝るが、宿題はやってくるテストは学年トップ、そもそも成績を気にする優等生タイプじゃないから扱いづらいって先生言ってたな。

「じゃあ、気をつけて帰れよ〜」

よっしゃ、色々考えている間に終わった!

〜、一緒に帰ろー!」
「分かったからHR終わった瞬間に叫ぶのはやめろ」

は突っ伏した顔をむくっとあげると、呆れた顔で寝起きの掠れた声でそう言った。
教卓の前に立った教師が、閉じたばかりの手帳を手に苦笑している。
そう言えば、新学年当初は先生VSが意外と白熱していたけど、諦めの境地に入ったんだろうな。

クラスメイトは、お前ある意味尊敬するわ、とか、橘君の素顔教えてね、とかヒューヒュー(?)とか言って騒いでいる。

そんなこと気にしてられない。
、さっさと帰っちまうんだもん。
でも一言言っておけば勝手に帰らない義理堅いところもあるから先手必勝。

「お待たせ!」

俺とが一緒に下校するのははっきり言って意味がない。
なんでかって?
逆方向なんだもん。
だから、反対方向に別れる交差点まで300メートルの一緒の下校。

その短い時間の中で、空からひらひらと大きな雪が舞い始めた。
の麦穂色の柔らかな髪に薄く積もった雪を見て、俺は既視感を覚えて、記憶を探った。


ああ。
そう言えば本当の最初の出会い。
あの日もこんな牡丹雪が降っていた。




朝起きたら庭に雪がいっぱい積もってて、喜び勇んで飛び出したのを覚えてる。
姉ちゃんに首根っこを掴まれて、無理やりマフラーとコートを着せられた。
膝下まで積もってるのが珍しくて、姉ちゃんと雪合戦して追っかけまわされて全力で逃げているうちに、いつの間にか知らない景色になっていた。

ヤバい、と思ったのも少しの間だけ。
雪降ってんだから足跡たどればいいじゃん!と思いついて後ろを振り返ると車が何回か通って行ったせいで足跡がなくなってた。

これはますますヤバいなあと思いながら、俺はそのままあてずっぽうに進んで行ったんだ。

しばらく歩いていて、ずっと体の横の塀が途切れないことに気付いた。
どんだけでかい家なんだよ、と思いながら変わらない灰色の壁に触れてずっと歩いていた。

きいっと扉を開くような音がして、灰色の途切れた間に木の壁が出来た。

「お?」

中から出てきた子。
外人みたい。
扉の前に積もった雪を足で押し出し、何度か閉じたり開いたりしてから中に引っ込んだ。

俺はその門の前に突っ立って、雪に色を奪われた庭を覗き込んでいた。

「何の用」

掠れた、何年も喋ってないかのような声がかけられて、俺は慌てて背筋を伸ばした。
だってすごく声が無感情で、目が何処も見てなくて、すごく怖かった。
俺が答えないでいると、俺を片手で押しのけて、手に持って他ヤカンを傾けて門の前にお湯をぶちまけた。

「ま、迷子になっちゃった」
「住所は」
「わかんない」
「電話番号」
「おぼえてない」

はあ、とため息をつかれた。
その子は踵を返して部屋の中へ戻っていく。
取り残された俺は、どうしようもなくてその場に座り込んだ。

「来い」

いきなり上から声をかけられて視線を上げると、黒いジャケットを羽織ったさっきの子が俺の前に仁王立ちしていた。
雪の中をざくざくと躊躇いなく進んでいくその子の背を慌てて追いかけた俺。
年は俺と変わらないように言えるのに、随分大人びていた。
色の薄い瞳が俺に向けられて、手を出せ、と言われて掌を広げた。
そこに白くてしずくの形をした石が置かれる。

「なにこれ」
「名称は知らない。失せ物を見つける石だと聞いた」
「なくしたもの?」
「本来はお前が『失せた』方なのだろうが……。親でも家でも、念ずれば導となるだろう」
「姉ちゃん!」
「思い描け。その姿、声、振る舞い」

俺は言われた通り姉ちゃんの事を思い出して、そうしたら石がぼんやり光ったんだ。
そしてしずくの先がある方向を指し示す。

「すっげー!何これ!お前ナニモノ?」
「何者でもない。家では頻繁に俺の私物が消えるから、母がくれた」

見つけた時には、大抵火の中だったりゴミ箱の中だったりしたが。
そう言い添えて、その子はしずくの示す方角へ歩きだす。
無言で歩いていくその子の後ろを俺は掌の石をマジマジと見てから追いかけた。




その子は声をかけても後ろを振り返らない。
なあなあ、と声をかけても返事をせずにザクザク歩く。

その姿がちょっと緊張しているように見えて、俺は後ろを振り向いた。
…………何もいない。

「なぁ、なんかうしろにいるのか?」
「お前は?」
「わかんね」
「じゃあ、いないんだろ」

そう言ってやっぱり振り向かないで進んでいく。

サクサクサク。

「ありがとなー。おまえがいなかったらおれ家帰れなくてで寒くて死んでたかも」

サクサクサク。

「おれ、よく迷子になるんだよなー」

サクサクサク。

「姉ちゃんにはまわり見ないではしゃぐからって言われるんだけど」

サクサクサク。
ピタッ。

「お、どうした?」

その子は今まで俺を無視し続けてたけど、いきなり振り向くと逆方向に歩きだした。
つまり来た道戻りだしたってわけ。

「おーい、石はそっちじゃないぞ」
「その道は駄目だ」

言って、来た道を少し戻ったところで曲って別の道を行く。
石の向きを確認しながら、何度も行ったり来たりしながら着実に石の指すの方向を目指す。
なんでこんなめんどくさいことすんだろ、と思ったが、俺はその子の後ろをただ歩いてついていった。

「なぁ、何なんだよ?」
「ついてこい、鈍感」

これにはさすがにムッと来たけど、姉ちゃんに散々言われてることだから甘んじて受けよう。

「あ、また降ってきた」

ふわふわと、ひとひらが大きな牡丹雪。
あんまり積もらないと言われてるらしいけど、と思いながら目の前を歩く子に視線をやる。
ジャケットを着た肩に白く、金髪に近い茶髪にも雪が薄く積もってる。

はあ、と吐き出した白い息を両手に当てている子と自分の防寒度の違いを見て、手袋を片方だけ差し出した。

「寒いだろ」
「別に」
「うそ、寒いだろ」
「手袋片方でどうしろって言うんだ」
「ほら、こうして」

一つの手袋に両手を突っ込むと、まるで手錠をかけられたように手が使えなくなる。
石が手からポトンと落ちた。

「阿呆」

雪の上からそれを拾いあげ、その子はぎくり、と動きを止めた。
俺の後ろを見て目を見開いたまま、硬直している。

「おい?」

その子は何度か瞬きをすると、頭を左右に振った。
ずい、と手を突き出して、俺の掌に石を落とす。

「その石やるから、後は一人で帰れ」
「え、でもこの石ないとお前こまるんじゃないの?」
「別にいい」

ちょっと迷ったけど、この時は俺について回る(実際は俺がついて回ってんだけど)のが面倒くさくなったんだろう、と思ってそのままバイバイ、と言った。
後ろから声がかかって、背中にべしっと何かが当たる。
渡した片方の手袋。
それを拾いあげて顔を上げた時には、その子はもういなかった。

二人分の足跡と手の中の白い石だけがその子が実際にいたって事を証明してた。
石に従って歩けば本当に家にたどり着いて、姉ちゃんにこっぴどく怒られた。



そう言えばあの石は五歳になるちょっと前に勝手に黒ずんで割れちゃったんだよなあ、と思いだす。
確か欠片はまだ机の中にある。

それを見せれば思い出してくれるかな。
俺とお前のファーストコンタクト。

「何してる。おいていくぞ」

お前はきれいさっぱり忘れてるみたいだけど、俺は覚えてるよ。
全然変わってねぇんだもん。

「なぁ、。四歳くらいのこと覚えてる?こんな雪降ってたよなぁ」
「三歳から五歳まで、断片的にしか記憶がないからな」

天気のことなど覚えているものか、と言われて、俺は苦笑する。
ぶっきらぼうな口調も、変わらない表情も、でも本当は見知らぬ迷子を家に届けるくらい、お人よしだってことも。
ぜーんぜん変わってないって。
お前は俺を助けてくれたけど、あの時お礼も言えなかった。
今更言うのもなんだから、今度はお前にいっぱいのお礼を返してやるよ。
俺のモットーは三倍返しだから、覚悟しろよ。
いやって言っても押し付けてやるからな。


2009/11/10  移動