三つ子の魂百まで
いつもと変わらず家族揃っての食事。 何事もなく始まって、何事もなく終わるはずのそれに嵐を巻き起こしたのは、まもなく三歳になる安倍家末娘、冬華だった。 祖父を上座に据えて、は長兄成親の隣に腰をおろした。 向かいには昌浩が次兄昌親の横に座り、行儀よく膳を待っている。 この時代、男は家事をしない。 料理を作るのも膳を運ぶのもすべて母である露樹の仕事だ。 自分も女なのだから手伝うべきであると考えて、やってみようと包丁を握ったこともあるのだが、まあ精神的にどうでも体は子供。 危うく自分の足に包丁が突き立つところを紅蓮に助けられたのはまだ記憶に新しい。 ちなみにものすごい剣幕で怒られ、台所立入禁止にされた。 母曰く、もう少し大きくなったら、との事だ。 今日の献立の主食は鰯。 蕪のあつものに白米強飯。 そして煮浸しの菜に漬け物。 質素なものだがにとっては家族揃っての食事、というものが新鮮で大変満足していた。 部屋の前にこっそりおかれた、ラップ包みの豪華な食事などよりずっといい。 目の前におかれた膳にいただきます、と手を合わせ、箸を握った。 十五年の経験からか、幼い体でも箸はすぐに使えるようになった。 昌浩は箸の握りを毎度昌親に細かく教えて貰っているおかげか、見られるものになっている。 ただ問題は重すぎる袖と言ったところか。 日常生活では不自由しない着物も、食事の時にはいささか邪魔に感じる。 脇に袖を払った時、手首から腕輪がするりと抜けて転がっていき、昌浩の膝にこつんとあたった。 幅広で翡翠装飾のそれは、市に連れて行って貰った時に成親が買ってくれたもので、邪魔になるわけでもなし、せっかくだからつけていた。 あの大きさなら大人になっても入るだろう。 それで時折手からすっぽ抜けてしまうのだが。 昌浩は不思議そうにそれを拾い上げて首を傾げる。 いつも袖に隠れていたから知らないのだろう、とは口を開いた。 「昌浩、それは俺のだ。渡してくれ」 手を伸ばすと、昌浩がとことこと歩み寄り、手首に嵌めてくれた。 「礼を言う」 せっかく貰ったものを目の前で落としてしまったことに成親に視線をやると、目を見開いて固まっていた。 成親だけではない。 と昌浩を除く、それこそ晴明までもが食事の手を止めてこちらを見ていた。 (………しまった) 昌浩相手だったため普通に喋ってしまった。 いくらなんでも言葉が早すぎる。 三歳児と言えば現に昌浩のように語彙も少なく舌足らずだ。 今までそれらしく振る舞っていただけに、この変化には驚かれるだろう。 「冬華、なんですか、その口調は」 思った通り、母の眉がひそめられて、訝しげな問いが投げられる。 いや、もはや叱責に近い。 気味悪がられるか、と身をすくめた時、の予想外の言葉が続いた。 「女の子がそのような口調をするものではありません!」 ……………………。 そっち? 思わず意外そうな顔をしたを後目に、硬直がとけた安倍家の面々が口々に喋り出した。 「やはり紅蓮に育てさせるべきではなかったかのう」 「父上、そういうわけでもないかとは思いますが……」 「こうしてみると男ばっかりだしなあ。女は母上か神将しかいない」 「そういえば安倍家初めての女の子ですね」 「母があまりかまってあげられなかったのも悪かったですね」 男系の一族かと思うくらい男の出生率が高い安倍家。 女手の少なさがそのまま露樹の忙しさに直結し、子どもたちの幼少期のほとんどは神将に育てられている。 大抵は天一や太裳、天后など面倒見のよいものが行うが、と昌浩の子育てを一手に引き受けたのはおそらく最も子育てに向かないであろう、騰蛇。 「三つ子の魂百までというからのう、今のうちにここは女らしく育てんと。確か紅蓮の次に冬華とよくいるのは………」 晴明の言葉に見鬼をもつものの頭には一人の神将が浮かんだ。 十二神将、闘将の紅一点、勾陣。 ……………………。 だめだ。 みんなの思考は見事に一致した。 むしろ、そこいらの男よりも逞しく育ってしまいそうだ。 第一、言葉遣いは女らしいとはいえない。 「やはり天一あたりかのう……」 そう言いながらも晴明の顔は渋い。 天一に子守を任せると、本人はそれはもう丁寧にやってくれるのだが、如何せんもれなく朱雀がついてくる。 あの二人の甘々っぷりを前に育ったら、ある意味性格が歪んでしまいそうだ。 「お前は誰だった?」 成親に話を向けられ、身内にも丁寧な態度を崩さない昌親はふっと思案した。 「そうですね、やはり一番は太裳がついていたでしょうか」 太裳。 穏和さが強く印象に残る神将だ。 女ではないが丁寧さでは天一と並ぶだろう。 最近はあまり異界から出てくることはないが、呼ばれればすぐににつくだろう。 騰蛇、勾陣、天一といった選択肢が消えていって、この状況では。 「………決まったな」 晴明の言葉で紛糾した話しあいは決着がついた。 ことの発端となった幼子はすまし顔であつものを啜っている。 しかしその内心が、ほんわりと暖かい安堵で埋め尽くされているのは言うまでもない。 翌日、太裳に引き合わされたは、勾陣に「胡散臭い笑顔」と漏らしていたそうな。
|
2009/4/12 移動・修正 |