人は見かけによらぬもの




俺は三つ子の当主から受けた命令に、視界が揺れるのを感じちゃいましたよコンチクショウ。
その場でぱったりといかなかったのは、ひとえに兄貴分達の教育のおかげだね。

俺は死刑宣告を受けた虜囚のような顔で(つまりは絶望で辛気くささがぷんぷんしてるってこと)その命令に、是、と返した。


時を遡ること、一刻前。

どうやら主の末弟についている影から、その動向に関して報告があったらしい。

『藍龍蓮に接触した少年が楽の友その一とかいう称号を受けた』と。

それに大変興味をもたれた我らが当主サマ曰く、『ちょっと連れてきて』だそうだ。
俺の兄貴分はつい先日出発しちまった下から二番目の弟にくっついて茶州に行ってくれやがりましたフザケンナ。
んでミスって瀕死の重傷負わせたって言うからザマアミロ。

つーわけで、任務経験ゼロのこの俺が呼び出されて、遥か遠い紫州王都貴陽まで行かなくちゃならねーわけです。

何が悲しくて幼児誘拐しなきゃなんねーんだっつーの。

貴陽に住んでる哀れな子どもよ。
お前に罪はない。
あるとしたら気まぐれな末弟とその性悪な兄達にだ。

あーあ、どうせなら護衛任務の方が良かったっての。
兄貴、代わってくれよ。


というわけで、やって参りました王都貴陽。

貴陽に駐在している藍家の影から報告を受けて、その子どもってのが紅家の第二子だと知った日には今からソッコー藍州に逆戻りして、当主サマの顔面に跳び蹴りかましてやろうと思ったね。
怖くて出来ないけどさ!

だって紅家ですよ?
当主が極悪非道の鬼畜悪魔なせいで、無駄に影の戦闘能力が高くて経験豊富なあの家ですよ?
いや別に俺ら藍家の影が負けてるってわけではなくて、長男の嫡子には相応の奴がついてるだろうから俺には荷が重いってわけよ。

「あー、名前は……、か」

手元の資料についている人相書きを見れば子どもどころか幼児だ。
二歳がいいとこだろ。

「自分が鬼畜三兄弟に目つけられてるとも知らないで…………可哀想な奴」

そんじゃまあ、紅くん誘拐大作戦を実行するとしましょーかね。


捜査情報その一。
どうやら二歳を過ぎたばっかのくせに街中をうろちょろする傾向があるらしい。
わーい、朗報。

この子に影がついているとして、大変なのは手中に収めるまで。
とりあえず捕まえちまえば盾にでも何でもして逃げ切れる。
残虐非道と言うことなかれ。
計画的だといってくれたまえ、ケッケッケ。

つってもガキ相手に手荒な真似をしたくないし、下手に抵抗されても面倒くさい。

つーわけで。

「おい、坊主、味見するか?」

只今俺は出店の主人に化けてまーす。
蒸したての饅頭を皿に乗せて、ちょうど目の前を通った子どもに声をかけた。

近くで見れば結構かわいい、かも。
くるっとちゃんとこっちを見た子どもはぷるぷると首を振って、お弁当持ってきたもん、と言う。
なるほどどれほどかは知らないが、藍家の末弟のようにただの子どもではないらしい。

…………とりあえず攫う時には背中の風呂敷に大量に入っているブツを置いてってもらおう。
大根に栗に茄子に鳥の足の骨に味噌壷まで、こいつは料理店でも開く気か。

「すごい荷物だな、重くないのか?」
「全部貰ったから持って帰んなきゃ」

コイツ金なくても生きていけんじゃねぇ?

「ま、食ってみてくれよ、これでも味には自信あるんだ」

何しろ兄貴達に散々雑用させられましたからね。
影の日常生活なんざ想像出来ないかも知れないが、勿論あるんだよ。
新入りの俺に掃除洗濯料理が回ってくんのはヒツゼンってやつだ。

「んー、じゃあ交換こしよ」

よっこらしょ、と風呂敷を下ろした子どもは底から重箱を取り出して蓋を開いた。
中にホカホカの饅頭が四つ入ってる。

「僕の手作り。今日は姉様にみんなかかりきりだったから自分で作ったの」

一個ずつ交換。

さあ食らいやがれ、藍家の影が使う最も強い睡眠薬入り饅頭。
子どもが一口食べるのを見てから俺も恐る恐る饅頭に口をつける。
食わねーと怪しまれるし、たいていの毒には耐性つけてあるから大丈夫だろ。

ガツンと頭にキョーレツなゲンコツを食らった気分。
反射で吐き出したのは未知の味、つまり耐性をつけてない毒の可能性があったからだ。

「べー、まずっ」

そんな俺に続いて子どももペッペッと吐き出す。
おいコラ、味は一応保証するし、睡眠薬だって無味無臭だ。

「何変なのいれてんの。食材じゃないじゃん」

コッチの台詞だよコノヤロウ!
食材なら取りあえず何でもいれていいと思ってんのか!

落ち着いてみると毒じゃない。
一応は食用の括りにあるもんばっかりだから体にゃ悪くないだろ。
二度と食いたくないけどな!

まああの睡眠薬に気付かれるとは予想外だった。
すぐに吐き出されたから、流石に効き目は期待できねーなクソッタレ。

「おにーさん、転職考えた方がいいよ?リクルートだよ、タウンワークだよ」

後ろに並んだ単語は解らないが取りあえず哀れまれてるってのは、垂れ下がった眉でわかる。
うるせー、目下検討中だ。
お前が想像してる職業とは違うけどな!

案の定眠くなる素振りを見せない子ども。
仕方ねぇな、攫うか。

「まあ考えとくよ。荷物、大丈夫か?もう店閉めるし、送ってってやろうか」
「知らない人についてっちゃダメってお兄ちゃんに言われてる」

お兄ちゃん?
資料では姉だぞ?
ああ、親しい家人がいるっつってたな、そいつか?

「いやいや違うぞ。お前が俺についてくるんじゃなくて、俺がお前についてくの。知らない人についてこられちゃダメとは言われてないだろ」

な、と首を傾げて尋ねると、子どもは新発見のように感心した顔で頷いた。

ふっ、ちょろい。

「じゃあ持ってね」

…………………遠慮なく全部押し付けて来やがりましたよこのクソガキ。
結構重いな、よく持てたよ、コイツ。

「家はねー、ここから真っ直ぐ四十二歩、右に曲がって百十八歩、左に曲がって三十八歩を右にまがった通りにあるよ」

そんなもん数えてられっかメンドクセェ。

「お前が前歩け、ついてくからよ」
「うん」

とことこ歩き出した後ろ姿は隙だらけだ。
力ずくで攫うなら人気の多い市よりも、民家を歩いているときに隙をついた方がいい。

「悪いね、おじさん」

並んだ出店の影に、気絶させてふんじばって転がしてある本当の店の主に軽く謝罪して俺は子どもの後を追った。



子どもだから当然かも知れないが、本当に隙だらけ。
しかも何故か影がついてるような気配もねぇ。

「もうすぐ」

邸が見えた所で俺は実行した。

何度も言うが恨むなら当主達を、だ。
せめて怖くないように目が覚めたら藍州でした、にしてやるよ。

肩を押さえ込んで首を打って気絶させるのが一番か。

肩に触れるか触れないかのうちに、手の甲に鋭い痛みを感じた。
さっ、と視線をやると真っ直ぐ走った数条の引っ掻き傷。
蚯蚓腫れどころか血が流れている。

いや、俺も影だからこれくらいの傷で痛がったりはしないけどさ。

さっきと打って変わってピリピリとした雰囲気を漂わせている子どもに、へえ、と感心したような声を漏らす。

右手の指先には俺の血がついていた。

傷付いた手を軽く振ると、逆の手で喉を掴む。
片手でつるし上げたら、唸り声をあげてその腕を掻き毟り、緩んだ隙に親指の付け根に噛みつかれた。

いっ……………てえええっ!

何コイツ!
噛む力だけで俺の腕にぶら下がってやがる!

犬歯をしっかりとぶっ刺し、前歯から奥歯まですべての歯で、俺の親指を根元から食いちぎる勢いだ。

ってなに実況中継してんだよ、俺は!

このスッポンよろしく食いついてる外見草食獣、実はめちゃくちゃ狂暴な肉食獣をどうにかしねーと!

「うがーっ!」

てっめえええ!
ギリギリギリギリ歯ァ噛み合わせんじゃねえよ!

殴る蹴るじゃなくて引っ掻く噛みつくたぁ、どんだけ野生だ、お前は!

腕を振り回して子どもを地面に叩きつけると、案外身のこなしはいいようで素早く体勢を整えて脱兎のごとく逃げ出した。
兎みたいに可愛くないがな!
寧ろ猛犬注意って感じだけどな!

自分の邸に逃げ込もうとしたのだろう。
間一髪の所を両腕を封じて背中からのしかかり、押さえつける。

「まったく、殺気を出したつもりはなかったんだけどな」
「殺気じゃなくても、生体反応は変わったもん!それに――――あの出店の饅頭には変な薬は入ってないし店主はもっとおじさんだ!」
「全部気付いてて逃げる隙窺ってたってわけね。荷物を全部俺に押し付けたのそのためか。随分演技派じゃないの、ボク」
「はーなーせーっ!叫ぶぞ、噛むぞ、引っ掻くぞ!」
「はいもうそれ全部やったから、今」

こんな大事にするつもりは無かったのに、手間ァとらせやがって。

「殺しゃしねえよ」

トン、と首をついて呆気なく気絶させると、背中に背負い上げる。
さーて、サッサとトンズラこきますかね。

「待て」

短く一言。
ただ言われただけなのに体が従っちまう。

冗談じゃねえぞ、こんな奴、俺の手に負えるわけねぇだろうが!
こりゃ死んだな、と思いつつ肩から力を抜く。

「どこの者だ?縹家か、王家か」

あー、紅家って縹家にも王家にも嫌われてんのね。

影としては秘密主義じゃなきゃいけないんだけど、別に密命ってわけじゃないし。

「藍家だ。当主より命を受けてきた」

藍家、と怪訝そうに呟いた後ろの男は心当たりがないのだろう。
そりゃそうだ。
純度十割こっちの気まぐれだからな。

「当主がこの子どもに会いたいと仰った」
「当主?確か雪那殿たちに代替わりしたと聞いたが……」

あれ、なんか食い違い起きてる?

「とりあえずを放してもらおう。――――
「はぁい」

肩に担がれてた子どもがぴょこ、と背筋でしゃちほこのように起き上がる。

って、はァ!?
しっかり落としたはずなのに何でバッチリ意識保ってやがんだ、このガキは!

「おまっ、なんで!」
「『秘技・亀の首って不思議だな』&『秘技・狸寝入りは信じちゃダメよ』」

滅茶苦茶ビミョーな技名だな、ソレ!
何が言いたいかは十分分かるけど。

「というわけで降ろしてくれる?」

どういうわけだ、と言いたいが、後ろで化け物みたいな気を放ってる奴が怖すぎて逆らえねェ。
男に背を向けたまましゃがみこんで、子どもの足を地面につけてやると、子どもは軽やかに男に駆け寄る。
そいつが発してる尋常じゃねェ気配に気づかないたァ呑気なもんだ。

「ねえ、父様、いったい何なの?」

と、とうさまァ!?
紅家の人間ってのは影に頼るまでもなくムチャクチャ強ェのか?

「それはそこの男に聞かないと分からないよ。藍家の命とは何だ」

うわー。
前半と後半で声の温度がちげー。

「藍龍蓮が私的に接触した『楽の友その一』を連れてこいとの御命令だ」
?」

後ろで男が子どもに問い掛ける。
知ってるか、って事だろう。
というか頼むから殺気消してくれ、影って職業柄、人に殺気向けられると緊張してしょうがねえ。

「龍連…………龍と蓮、龍笛、響く、キレイ、上手、嘘、混沌、悟り、自我…………ああ、龍山で会った子だ」

お互い名乗ってないからさー、分からなかったよ。

無意味に感じる単語を並べて、頭の回路がどう繋がったのか聞きてェもんだ。

そこで初めて後ろの男が殺気を消した。
漸く体の緊張がほぐれて後ろを向ける。
向いてみりゃ、どうってことないただのトロそうなおっさん。

まったく、ガキといいこのおっさんといい、人は見かけに寄らないもんだね。
まあ藍家が眠れる龍だのなんだの言われてるように、紅家の人間も一筋縄じゃいかねぇってこったな。 親子揃って詐欺な奴らだ。

「私は藍家の三つ子当主と知己の関係にある。はまだ幼いから藍州に行かせるわけにはいかないが、もしについて知りたければそのように文を認めてくれるよう伝えてくれ」
「はいはい、どうせアンタから掻っ攫うのは無理そうだし、百万が一出来たとしてもその子に道中指噛みちぎられそうだ。任務は失敗だが、まぁ、とりあえず藍州に戻って伝える。紅邵可から藍家当主宛てでいいんだな?」
「ああ」

まったく、初任務が失敗となりゃ、幸先悪いってもんだが、どうしようもない相手ってのはいるもんだね。
単純な戦闘能力なら、この子より絶対俺の方がいいに決まってるけど、なんかこの子に手ェ出しちゃまずいって感じの第六感がビンビン働くんだ。
手出したりしたらことごとく運が悪くなったりして、終いにゃ雷とかにあたっておっちんじまいそうな不吉な感じ。

帰ったら兄貴たちに折檻されてしばらく再訓練になるんだろうけど、死ぬよりゃマシだね。

「君は、珍しい感じの影だね」
「あ、わかる?俺さ、異端児ってずっと言われてるんだよね。なんつーかこの軽い性格が災いして影としては一流になれねえの。忠義とか決死とか真っ平ゴメン」
「…………後悔する前に、やめなさい」

お、なんか本心からの忠告っぽい?

「いや、でも俺ってそんなに深く物事考えないから後悔もしないと思うんだよね。後悔って読んで字のごとく後からするもんじゃん?その前にやめろって言われてもわかんねェし」
「へりくつー!」
「うるさい。まぁ、今回の任務は貴陽観光って感じで終わらしとくよ」

親子を後ろに残してのんびり歩きだす。
貴陽の綺麗な空気は存外気持ちいいもんだ。
俺は目の前をうろちょろする奴らが大っ嫌いでね。
何せ第六感だけはものすごくいいもんだから、こうなんか真実味というか感触というか背筋ぞわわっていうか………。

まぁ、それだけ相手の力量をはかるのも得意なんだけど、あの子どもは透明だったなぁ………。
無力ってわけじゃなくて、自然体、うん、そんな感じ。

まぁ、もう二度と会うこともないだろ。




と、思ってたんですけどねェ。

どういうわけか、藍家当主に報告を先に送ったら、藍家が持ち得る最速の手段で書状が送られてきた。
一通は俺宛ての任務命令書、もう一通は紅邵可への謝罪状だ。
ようは俺が渡せってことだな、うん。

「よお、坊主」
「あ、人攫いの人だ」
「未遂をつけろ、未遂を」
「父様来なかったら攫ってたくせに」

ま、真実だな。
庭先で猫みたいに日向ぼっこしてる奴の頭に書状を落とす。

「お前の親父さんに渡しとけ」
「はーい」

ったく、一度は自分が本気で敵対した奴に気ィ許し過ぎじゃないかね。

「本気で攫っちまうぞ」
「そしたら本気で噛むもんね!」

あれが本気じゃないってんなら、お前にスッポンもどきっていう名とともに惜しみない賞賛を送ってやるよ。

「まあ、なんだ。悪かったな。俺の主も紅家の長子が、とまでは知らなかったみたいだ」
「うん、僕もあの子が藍家の子とは知らなかった。『流れ』の感じはしたけど、滝というほど強くもなくて、まるで渓流みたいな」

まったく、あの頓珍漢の末弟の友人は同じく独自の表現をするみたいで、何言ってるのかわかりゃしねぇ。

「じゃあな、坊主。しっかり渡せよ。あ、それと会ってみたいのは変わらないらしいから、大きくなったら藍州に行ってやれや」
「そうする。じゃあね、バイバイ」

俺は子どもに見送られて再び軽い足取りで去っていく。
まったく、奇妙な出会いをしたもんだ。

俺の第六感では…………………こいつとの縁はまだ切れてないかな?