おいてかないで





【影の形に随うがごとし】

「ねぇ、ふゆか」

うららかな春の日差しがさんさんと降り注ぐ庭で昌浩が先を歩む妹に声をかけた。
位低くとも敷地だけは広い庭。
池も樹も子どもにとっては立派な遊び場だ。

「どうした?」

歩みを止めて振り返った妹は彼よりも少し、背が高かい。
肩口で揺れる髪は光を透して明るい色に見える。
昌浩は鼻がぶつかるほど近くに寄って、冷静な色を絶やさない瞳を見つめた。

同じ日に生まれたはずなのに、妹の方が大きい。
同じ日に生まれたはずなのに、妹の方が覚えが早い。
同じ日に生まれたはずなのに、妹の方がずっと。

「・・・・・おいてかないで」

妹は僅かに瞠目し、目元を和ませた。
すっと、伸ばされた手が昌浩の手を握って引く。
今度は横に並んで再び歩き出す。

「置いてかないよ」
「・・・・・・うん」
「心配しなくていい」
「・・・・・・うん」

大人びた、という言葉では表しきれない妹が、時々ずっと遠くを歩いている気がして昌浩は怖くなる。
しかも、昌浩が行きたいのと全く違う道を。

昌浩も妹も色々なモノが見えている。
特に気にならないモノ、気になるモノ。
それでも、時折見てるモノが妹と違う気がして昌浩は不安になる。

スタスタと、何を見るでもなくただ歩いていく妹の腕を昌浩が引き止めた。

突然のことによろめいた妹と支えきれなかった昌浩は、二人して地面に倒れ込んだ。
青く澄んだ空を見上げながら、妹が特に怒るでもなく問いかけた。

「今度はどうした?」

昌浩は指を絡めて妹の手をぎゅっと握り、何拍も開いた後にぽつりと言った。

「あんまりいそがないで」

妹はごろりと転がって昌浩を見やると、相好を崩して頷いた。

「大丈夫。一緒にいるよ」

土を払って立ち上がると、三度二人は歩き出す。
自然と横ならびでなく、昌浩が手を引かれる形になる。

黒髪の揺れる背が自分の横ではなく前にあったのは最初から。


「………まってて」
「ん?」


振り返った妹に昌浩は首を振り、心の中で続きを告げる。


まってて、ふゆか。

すぐおいつくからね。

そしたらこんどは、おれが手をひいてあげるからね。

だから、ずっといっしょだよ。

ひとりでなんていかないで。