【隣りの花は赤い】 知ってたよ。 嫌われてるってことぐらい。 だって僕も嫌いだったんだもん。 でもね、一番最初は。 好きだったんだよ。 初めて会ったのは僕が二歳になったとき。 心を病んだ母さんの離れから帰ってくる姿を見た。 麦の穂みたいな色の髪が朝焼けの光を弾いて、すっごく綺麗だったの覚えてる。 兄さんは僕と同じ薄茶色の瞳で一瞥しただけだったね。 おかしいよね、兄さんの顔知らなかったんだ。 すごく堂々とした後ろ姿を見て、この人がお弟子さん達みたいに術を使ったらどんなにかっこいいだろう、とも思った。 その後、僕が初めて使役術を使うとき、僕失敗しちゃったんだよ。 そこにたまたま兄さんが帰って来て、僕が必死で呼び出した妖と戦ってるのを見たでしょ? みんながそれぞれ術を放って僕を助けようとしている中、一人だけ顔を背けて去っていったね。 ショックだったよ。 その後、父さんに尋ねてやっと兄さんが『出来損ない』だって知った。 それでもやっぱり兄さんだから少しは気にしてたんだよ。 『出来損ない』を超えるぐらい、兄さんへの憧れがあったんだよ。 母さんが早くに居なくなったからかもしれないけどさ、父さんとは修行でしか会 わないからかもしれないけどさ、家族が恋しかったんだろうね。 それに、容姿、学力、運動能力。 霊力以外の全てにおいて、僕は兄さんを尊敬してた。 でも、なんでそんな兄さんを嫌いに、憎むほどになってしまったんだと思う? 兄さんが、あまりにも不甲斐なかったからだよ。 『無能』だから。 『出来損ない』だから。 そんな理由じゃあない。 全部それのせいにして、何事にも臆病で本気にならなくていつでも逃げ道を用意してて、人生悟っちゃった的なオーラ出してるのが嫌だった。 僕と違って、学校も自由に通えて、趣味でも何でも広げる事が出来るのに。 だから僕は『無能』を憎むよ。 そんな情けない兄さんにしてしまう『無能』なんかだいっきらいだ。 それに、いつまでも橘に固執してる兄さんも。 兄さんと書物庫で鉢合わせたことがあったよね。 兄さんは呪詛返しの法が載った本を読んでた。 使えないのに。 何で、僕と違って自由なのに、わざわざ檻に戻ろうとするの? だから僕は言ったよね。 無駄なことはやめなよ、って。 兄さんは氷みたいな目をして、出て行っちゃった。 僕はこの頃から、僕は橘家次期当主として注目された。 ものすごくつまらない。 ランドセルを背負って学校に行く方がずっと楽しいよ。 でもね、偉そうなこと言ってながら、僕も早々に諦めた。 だけど、諦めるって言い方は癪に触ったから、選ばれたんだって思うようにしたよ。 僕はいろんな我慢したんだ。 兄さんが、が自由な時に僕は束縛のもとで働いてた。 自分は特別な存在だって思えば思うほど普通が羨ましくて、妬ましくて、憎くて。 僕が絶対手に入らないものを持ってるが憎かった。 執着なんてしてません、て顔が憎らしくて仕方なかった。 なら、奪ってやる、って思ったけど、僕が奪えるようなものでもないし。 いつ死んでもいいなんて、よく言えるね。 じゃあ、好きに死になよ。 そんなに死に焦がれてるならさ。 生は難く、死は易しって言うでしょ。 達観して無常感味わってるだけじゃなくて、逃げの終着点がそれ? ふざけないでよ。 中学校でお友達が出来て、兄さんは変わったね。 母さんが死んだあの事件の時、僕は我が目を疑ったよ。 まさか兄さんが自分の保身より優先するものがあるなんて。 あれだけ執着していた『家族』を切り捨てる強さがあるなんて。 でも不思議だね。 死を待つ影は兄さんの顔から消えたのに、その目はやっぱり遠くにある死を見据えて走り続けているようだった。 母さんを殺した罪を気にして、贖罪の術を知らないまま。 まるでゆっくり落ちていた砂が一気に流れて行くようだったよ。 それは、僕の心が生み出したまやかし、願望だったのかな。 母さんの死が兄さんの力を呼び覚まして、父さんは兄さんを認めた。 力がなくても知識だけは得ていたみたいだから、力が加わってもはや比べものにならないくらいの存在になったね。 でも、当主継承は許さないよ。 だって選ばれたものは僕だったんだ。 そのためにどれだけのものを僕が犠牲にしたと思ってるの。 今更、そんなこと許さない。 自由に生きて、楽しんで、当主の座まで。 そんなことしたら僕が壊れちゃう。 でも実力も序列もが上。 だったら仕方ないよね。 悪いのは。 最初から最後までずるくて。 身勝手な君。 でも最後に一つだけ。 好きと嫌いって紙一重なんだね。 |
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