冬薔薇の棘を身に纏え







幼い頃は、理不尽な環境に怒りを覚えたりもした。

何故、自分には父親の求める力がないのか。
何故、それだけで存在を否定されねばならないのか。

降り積もった怒りは虚無になり、俺に新しい世界を開いた。

人は欲望の生き物。
だから。

対極に位置する俺たちは。
お互いを妬んだのかも知れない。




序章  弐


「あぁ、俺、。今、どこで待ってんの?」

晃樹と再度連絡を取って、待ち合わせ場所に赴いた。
GWの最終日は、車も人も多く、映画館の前にいるはずの晃樹の姿が見つからない。

「え?向かいのクレープ屋?」

携帯越しの誘導には道を挟んだ向こう側に視線をやった。
そこに、クレープを片手にジャンプして、精一杯のアピールをしている友人の姿。
それに苦笑し、軽く手を挙げて反応をかえす。
それにもやはり三倍のリアクションで返ったきた。

は信号が変わるのを待って、横断歩道の前で立ち止まった。
右から運送屋のトラックが来ているのを視覚で認識したとき。

地面が近づいた。

訳も分からず見た足元に、黒い靄が絡みつく。
禍々しい妖気を放つそれは。

それは、玄関先で殺した筈の。

の、式。

前にのめった体が地面にあたるのが先か、横から来るトラックにはねられるのが先か。

そんな思考は衝撃と共に全て吹っ飛び、答えは出なかった。



橘は過去の記憶を思い出す香り。
この香りは母の好んだ香り。

香りに誘われた夢がえぐった、過去の傷。

父に疎まれ、母を殺して、外の世界を知った者。
父に使われ、母を奪われ、籠の中の王となった者。

まるで神の戯れに使われたような、子供達。

しかし、しかし。

玩ぶ神あらば、救う神あり。

理に従い、冥府に降る魂が、気まぐれに―――否、これも運命か。
拾われて世界を渡る。

哀れな幼子。
瞬きにも満たぬ、一生を終える。

これは神の温情。

新たな生を君に与えよう。
思うがままに、生きてみよ。


序章完結
2009/3/28  移動