夜明けなんて大嫌いだった。 夜は嫌いだったけれど、無為な一日がまた始まるのが嫌だった。 このまま目が覚めなければ終わる、なんてのも考えた。 今では考えられないけれども。 夜明けが好きになった。 明日は何が起きるのだろう。 いつもと変わらない、でも無為ではない『明日』待ち遠しくて。 夜も朝も、昼も、嫌いじゃなくなった。 夜は好きだ。 でも・・・やっぱり夜明けは嫌い。 だって変わらない『明日』が、もう来ない。 『いつも』の『今日』そして『最後』の『今日』が永遠に続けばいいのに。 ああ、また無為な『その日』が始まる。 一章 陸 「晴明」 文机を睨むように考え込んでいる晴明に、十二神将が一人、土将勾陣が声をかけた。 顔をあげた晴明の前に、勾陣が音もなく顕現する。 「何故、同時に着袴をした。こうなることは予想出来たはず」 正論を言う勾陣に、晴明は苦笑を漏らした。 「離してはならんと、出たのじゃよ」 ゆっくりと式盤をまわしながら、どことを見ずに晴明は言う。 「何故、本来忌むべきもので引き離し殺してしまうはずの揃い子を共に育てるべきなのかは、わしにも分からん。ただ……片一方だけでは生きられぬ。そう占が出た。」 晴明自身、あまりしきたりや迷信を重んじるほうではないが、貴族にはそういった者たちのほうが多い。 将来的にも真実を明かすことは得策ではない。 考えぬいた挙げ句、晴明は自らの占を信じた。 「……そうか。悔いていないなら、言うことはない。それで、どうするつもりだ?」 「そうじゃなぁ、こう、ぱぱっと記憶でも消してしまおうかのぅ」 ほけほけと笑って扇を開く晴明に呆れたように視線を向けて、勾陣は再び陰形した。 祖父の意図など知らず、罪の子は思いつめる。 は幾重も重ねた衣の上から膝頭を握り締めた。 何度かわなないた口唇が、掠れた声で小さく言葉を漏らす。 「……明日、あの男が来る前に」 何かに耐える時、幾度も瞬きをする癖は今も変わっていない。 かつて一人のために、自分以外の全てを棄てた。 今はもう、自分は『自分』しか持っていない。 新しく得た『安倍冬華』という存在。 諦めるのは慣れている。 独りきりなのも慣れている。 だから、さよなら。 ありがとう、昌浩。 「俺がここを去る」 お前がいてくれて。 笑いかけてくれて、撫でてくれて。 生まれてきて良かったと思えたよ。 緋色の太陽が姿を消して、夜の帳が訪れる。 三歳になったは、もう一人で眠っている。 この間までは昌浩と共に、父母や祖父、兄や神将に添い寝をしてもらっていた。 翌朝祖父に伝える言葉を考えているうちに、眠れない夜が過ぎていく。 隣の部屋に、無意識にも零れる苛烈な神気を感じていた。 時折、陰形した気配がこちらの様子を伺いにくる。 は息を潜めて眠ったふりをしながら、そのたびに決心が揺らぐのを感じた。 光があるから。 どうしても離れたくなくなってしまう。 夜が明けたら、言わなければ。 夜の静かな安らぎが好きだった。 隣の幼子の寝息を聴くのが好きだった。 傍らに感じる暖かい気配が好きだった。 乱れた髪を傷つけぬように優しく梳いてくれる大きな手が好きだった。 「………朝なんて来なければいいのに」 東の方を睨んで呟いた声は、思いがけず確かな響きを持って闇に溶けた。 |
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