無常の風は時を選ばず








side》


俺の一族は古神道の一家。
直系の血筋ならば多かれ少なかれ霊力を持っている。

そんな中、直系長子のくせに徒人並みの霊力(つまりない)しかもたない俺。
否、なまじっか見鬼だけはあるせいで、徒人よりも厄介だ。

勿論、見鬼だけの人間なんて妖怪のいい餌にしかならないんだから、一族に認められるはずがない。

俺の家では、そういう奴を「無能」と呼ぶ。

存在を否定され続けて、もうすぐ十四年。

優秀この上ない弟と違って、徒人の生活をするしかない俺は普通の中学生として、義務教育を受けていた。



「……ばな、橘!」

焦れたような声が寝不足の頭に響いた。
脳が覚醒しないまま、机に突っ伏した顔を上げると、息を潜めて自分を見ているクラスメイトが目に入った。
その顔ぶれは去年と変わってほぼ知らないものばかり。
教卓の前で眉をひそめている担任も知らない顔だ。

「………何か?」

俺の発言はどうやら担任の癇に触ったようだ。

「堂々と居眠りをしていて何だ、その態度は!?」

担任は手に持っている出席簿を教卓に叩きつけて叫んだ。
去年は放任主義の担任だっただけに、少々鬱陶しい。

「すみませんでした。どうぞ続けてください」

ここは無難に謝るに限る。
すんなりと謝罪を口にだすと、怒りの矛先を失った担任は、破り取るように出席簿を開いて点呼を続けた。

くぁ、と憚ることなく欠伸をし、凝った肩を解す。
いつの間にか点呼もSHRも終わり、教科担任がクラスに訪れるまで生徒はアドレスの交換などで忙しい。

どこか違った匂いを嗅ぎ取ったのか、俺に声をかけてくる奴はいない。
去年、同じクラスだった奴から小さな声で俺の噂が囁かれ、皆が一度俺を舐めるように見て、慌てて視線を逸らす。

好都合。
馴れ合うつもりはまったくない。

「えっ!?あいつが学年一位の橘!?」

驚いた声が騒がしい教室に響き、一瞬水を打ったように静かになった。
窓の外に向けていた視線を声の主に向けると、人の輪の中心にいる少年が目を見開いてこっちを見ていた。
その少年は周りが止めるのも構わず、まっすぐに俺の席に寄って来た。

お互いが視線を合わせたまま、数秒の沈黙が流れる。
生徒たちは固唾を飲んでこちらを見守っている。

先に沈黙を破ったのは鬱陶しくなった俺。

「…………何だ」

じろじろと無遠慮な目で俺を眺め回していた少年は、ぱちぱちと瞬きすると、首を傾げた。

「あんたがあの橘?」
「『どの』かは知らんが、橘は俺だ」

妙に感心したような視線を向けられて非常に居心地が悪い。

まったく、初対面の人間に「あいつ」だの「あんた」だの無礼な奴だ。
俺も愛想がいいとは言えないが礼節ぐらい弁えているぞ。

未だ席の前から退こうとしない少年は、突如、にんまりとした笑みを浮かべて手を差し出した。

「よっしゃ、友達になろう!」
「断る」

脈絡のない少年の言葉におれは見事な即答で返した。
が。

「俺は槙原晃樹。噂では聞いてたけど、あんた本当にすごいな!実力テスト、校内一位なんだろ?球技大会の時活躍してんのも見てた!クラス一緒になったら友達になるって決めてたんだ!」

非常に騒がしい。

不機嫌さを隠さずに立ち上がった俺は、少し下の栗鼠のようにくるくると動く目を見据えた。
日本人離れした容姿もあいまってか、たいていが竦む視線なのに、槙原はなおも感心したように続けた。

「座ってると俺と同じくらいなのに、俺よりデカいんだ。脚、長いんだな〜」

暖簾に腕押し、糠に釘。

初めて見た珍生物に対するため息を心の底から吐き出した。