無常の風は時を選ばず








《晃樹side》


初めて見るがそこにいた。

あいつはいっつも何でもかんでも上手くこなして、誰かの助けなんか必要としていなかった。
俺の扱いもかーなーりひどいしね。
ま、そんなことで諦める晃樹くんじゃないぞっ!

授業が始まっても帰って来ない捜索に立候補した俺は、階段のところで
真っ青な顔色でがたがた震えて座り込んでいるあいつを見つけた。

?」

びくっと見開いた瞳が俺を映し出し、戦慄く唇が俺を確認するように呼んだ。

「ま、槙、原?」
「はーい、晃樹くんでーす。って、お前こんなところで何してんだよ」

本能的に、今近寄ったらいけないと思った。
わざとふざけた調子で言うと、唇だけを吊り上げた引き攣った笑みが返ってきた。

「はっ、うる、せぇ」

強がりなのは見え見え。
その証拠にまだ立ち上がろうとしない。

「屋上でサボるとはちゃんも立派な不良になりまちたね〜」
「やめろ、キモイ。………うっ!」

はいきなり嘔吐をこらえるように口元に左手を押し付けた。

吐くほどか、俺泣くぞ。
まあ確かに、自分でも言っててキモかった。
その場で吐かれても困るから、の脇に腕を差し込んで、ムリヤリ引っ張って立ち上がらせた。

あ、けっこー軽いかも。

そこまでやっても自分の力で立ち上がらないを引きずって水道までつれてった。

「ほら、吐くもん吐いちゃえ」

水道に縋って立ち上がったが身を乗り出して顔を下げる。
何となく、決定的瞬間からは目を逸らして、背中を撫でてやった。

何度も嘔吐して、肩が大きく上下する。
蛇口をMAXで開けて、咳込みながら何度もうがいして、最後にはまたずるずると座り込んでいた。

「落ち着いたか?まったく体調悪いなら早退すればいいのに」

完全にされるがままのをまた引っ張って、今度は教室に向かった。

「せんせー!、体調悪いそうなんで早退しますからー」

を廊下に置いて、教室に顔を出して叫んだ。

「うるさいぞ、槙原。分かった、荷物持っていけ」
「あ、それと。俺もそこはかとなくお腹が痛いというか、昼飯の牡蛎フライにあたっちゃったかもというか、何となく早退しないとまずそうなので、早退します」
「は!?………分かった、帰れ」

明らかに呆れたような溜め息に送り出されて、俺はを背負って下校した。
おんぶする時、抵抗されなかったのにはちょっとびっくり。


人形みたいにされるがままのに靴を履かせて、背負い直す。
やっぱり俺より軽い気がする。

「お前軽いなー。ダメだぞ、ちゃんと食わなきゃ。いつも寝不足気味なのも知ってるぞ」

背中から返答はなくて、首にあたる息がくすぐったい。

「…………悪い、な」

少し経って校門についたくらいでは小さく呟いた。
それに破顔一笑して、答えた。

「なんの。俺はお人好しなの」
「ほんと……お人好しだ、お前は。俺に貸しを作ったって、返せるものなんてないぞ」
「貸し借りじゃないの!」

まったく、これだからは。

「友達の為に無償で何かをする。それは当然のことだよ」
「いつ……友達になったんだ……?」
「ずっと前!会った時!なあ、俺のこと、晃樹って呼べよー」
「………考えておいてやる」

お、速攻で拒否されなかった。
もしかして、ただいま関係進展中?

「止まれ」

の声が、突然緊張感たっぷりのものに変わった。
逆らわずを得ない強い口調に、思わず俺は固まって、は背中からさっと離れた。

舌打ちと共に、素早く身を翻しては背後の校門を睨んだ。
風がほんの少しだけ強くなっている気がする。


顔を上げたまま袖口をまさぐったが、後ろに大きく飛び退きながら腕を振るう。

を中心にふわっといい匂いが広がり、視界にも粉のような物が漂った。

「何それ、またたび?」
「阿呆。伽羅だ。いいからお前はもう行け」
「何だってんだ、一体」

近寄りかけた俺の足元の土が、突然抉れて舞い上がった。

「うわっ!」

思わず尻餅をついた俺。
かっこわり。

がばっと俺を振り返って、何かを言いかけた。
いや、言ったのもしれない。
俺の耳が拾ったのは、風が吹き荒れる音だけ。

目を瞑って砂や礫をやり過ごした俺は、引きつった顔のを見た。

何だったんだろ、旋風?鎌鼬?

……」

ポツリと呟いたの表情はすぐに苦々しいものに変わる。

「駄目じゃない、一般人を巻き込んじゃ。ね、兄さん」

振り向くと綺麗過ぎる笑顔が其処にあった。