肆 どうやら現れた美少年はの弟らしく、橘と名乗った。 平日のお昼にまだ恐らく小学生だろうくんがいるのはおかしかったけど、子供らしくないスーツと何人かの同じくスーツ姿の男たちの存在を見て、俺は賢明にも口を噤んだ。 よくよく見ると、やっぱり綺麗な顔をしている。 と同じ色の薄い瞳と、こっちは真逆で髪は黒髪ストレート。 背は小さいほうかも知れない。 ………人のこと言えないけどさ。 みたいにあんまり『外人』って感じのオーラはなくて、話しかけやすい雰囲気だった。 にこにこと笑みを浮かべるくんとは対照的にますます顔が歪んでいく。 「何の用だ、」 「やだなぁ、絶体絶命だったくせに。兄さんがやられるなら黙って見てようと思ったけど、一般人を護るのが僕の仕事だからね」 綺麗な声で紡がれる言葉は耳に心地よいものだけれど、明らかに敵意を含んだ台詞。 もしかして仲、悪い? 俺はとくんの顔を見比べて、ああ、と納得がいった。 感じる雰囲気が正反対なのだ、この二人は。 人を威圧するような鋭い視線と仏頂面。 人当たりは最悪だけど、変な所律儀で礼儀正しくて、不器用。 人を暗示にかけるような柔らかい視線と好感度抜群の笑み。 人当たりも良くて、でも腹に一物くらい抱えてそうな世渡り上手。 あれ? あったばかりなのに何勝手なこと言ってんだ、俺。 でも何となく、くんは好きになれない気が、した。 「家まで送らせようか、兄さん」 「いらん」 申し出を速攻で断ったはたっと踵を返して、俺も慌てて後を追った。 「後で聞きたいことがあるんだ、逃げないでよ、」 くんはの背にそう投げかけて、自身も車に乗り込んだ。 周りの黒スーツの男が、扉を開けるなどまるでお坊ちゃまだ。 何気なく振り返った俺は、降ろしたウィンドウからこちらを見ていると目があって、背筋が粟立った。 くんが向けてるのは紛れもない、憎悪の笑顔だった。 「?」 前を足早に歩く背中が張り詰めたような、拒絶するようなもので覆われていた。 さっきまで少しはあった、俺に見せていた隙。 決して悪い意味での隙ではなく、むしろ好ましいはずのそれが完全に消えてしまったことに、俺はしょげていた。 結局一言も言葉を交わさないままは家に辿り着き、成り行きで後をついてきた俺はひっじょーに居心地が悪かった。 の家はでっかい日本家屋で高い塀があって、中は見えない。 は表の門じゃなくて裏口の戸に手をかけると、少し迷ったような素振りをした後、一言だけ呟いた。 「じゃあ、な」 「あ、ああ、また明日、な」 俺は結局それだけを返して、自分の家に戻った。 「ただいまー………」 の家に比べて、小さいけれども標準的な、中流家庭な我が家。 サラリーマンの父さんと、クリーニング屋で働いている母さん。 7つ離れた大学生の姉がまだ家にいての4人家族。 「あれ、姉ちゃんいるのか?」 姉のブーツが朝と変わらずそこにあって、俺は二階に声をかけた。 返事はなくて、訝しく思いながら自分の部屋に入った。 「なっ!?」 何だ、この部屋! 俺は決して綺麗好きとは言えないが、このまるで泥棒に入られたかのような部屋は酷すぎる。 「姉ちゃん、どろぼーっ!泥棒入ったっ!」 ノックもしないで姉の部屋に駆け込むと、姉はやっぱりいて、コーヒー片手に俺のアルバムを見ていた。 「あ、ごめん。それ、あたし」 悪びれないで姉は、これ探してたの、と俺の卒業アルバムやら写真のファイルやらを指差した。 この傍若無人な女王様に今更何を言っても無駄だ、と俺は溜め息をついた。 母さんが帰ってくる前に片付けないと。 「………晃樹、あんた臭い」 部屋を出ようとした俺に不意に姉が真剣な声で言った。 試しに体中を嗅いでみるけど、俺には全然分かんない。 のゲロの臭いもしないし、いつもと変わんないはず。 「あぁ、アッチ側の臭いなのね」 不思議そうにしている俺に、姉は顔を顰めながら納得したように言った。 「………あっち?」 「そ。タチ悪いの連れて来たら殺すからね」 物騒な台詞を吐いて、姉ちゃんはミステリアスな笑いを浮かべた。 「あんた、怨霊に遭ったでしょ」 姉ちゃん、俺はあなたが女王様で傍若無人で空手有段者でリアルの男はみんな下僕でBL好きの腐女子だとは知っていましたが、電波系だとは初めて知りました。 |
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