無常の風は時を選ばず








「ちょっと、変なこと考えてんじゃないわよ」

マニキュアの塗られた爪が、俺の耳をぎゅっと捻った。
痛い、痛い、地味に痛い!

「信じる信じないは自由だけど、わかる人にはかなり臭いの。よくあんたそれで普通にしてられるわね、鈍感」

この姉は悪口なしでしゃべれないんでしょーか。
俺は引っ張られた耳をさすりながら聞いた。

「姉ちゃん、オバケ見えんの?」
「見えるとまではいかないけど、いるのはわかるわ。臭かったり、気分悪くなったりするから」

気分悪くなったり?
もしかしても見えたりするのかな。

「知り合いにいるの?そういう人」

まるで俺の心の中を見透かしたかのように、唐突に聞いてきた。
マスカラで縁取られた瞳が、嘘を許さない色を持って俺を射止めた。

「クラスに………橘って奴がいて……。そいつが」
「橘!?」

俺が最後まで言い切ることなく、姉ちゃんがガタン、といきなり立ち上がった。

「橘なら道理ね………でも何で学校になんか」

ぶつぶつと呟く姉ちゃんは、いつもより真剣に見えた。
姉ちゃんはしばらく考え込んでいて、ふっと顔を上げた。

「そうよ……裏庭にいたあの子」

合点がいったように一人納得していたが、俺のほうを見て再度顔を顰めた後、ゆっくりと口を開いた。

「晃樹、あんた、その子と付き合うのはやめなさい。―――――――死ぬわよ」

…………え?

始めは何の冗談だって思って、瞳の中に真意を探すけれど、そこにふざけてる色は何もなかった。

「な、何言ってんの?」
「あんたその子と仲良いの?写真ある?」

手を突き出してくる姉ちゃんに俺は素直に携帯の中のの写真を見せる。
俺が勝手に撮った、完全不意打ちの写真。
気だるそうな表情で、窓の外を眺めている姿。
姉の性格なら、絶対に美形美形騒ぎそうな写真なのに、今回は難しい顔で黙り込んだ。

数秒が沈黙のまま過ぎて、何か確信を得たかのように、頷いて言った。

「やっぱりあの子だ………。で?仲良いの?」
「仲良いどころか、日々邪険にされてます。でも、根は良い奴だと思うんだ!勘だけど」
「この子は良い子よ、性格はね」

少し懐かしさを滲ませて言う姉ちゃんは、折りたたんだ携帯を、軽く放り投げて返してきた。

「知ってんの?」

その質問は完全無視されて、姉は机の上の物をそそくさと片付けて、俺の横をすり抜けた。

春物のコートを羽織って、階段を降りていく。

「ちょっと出掛けてくるわ。戸締まりしっかりね」

何気ないように振る舞っていて、でもどこかおかしい。

何かある。

姉ちゃんは怒っているように見えた。

怒っている………?
そう、これは、誰に対する怒りだ?
姉ちゃんはどこに行こうとしている?

頭で考えてるはずなのに、理解する間もなく答えばかりが頭を翔けぬけていく。

俺は姉ちゃんの背中を追いかけて、無意識に叫んでいた。

「姉ちゃん、にひどいこと言ったら許さないからな!」

あれ?
何で姉ちゃんがの家に行くってわかったんだろ?

そうだ、これも勘だ。

階段を降りかけていた姉ちゃんは、驚いて見開いた瞳をこちらに向けて何度か瞬いた。

そしてふっ、と不思議な笑みを浮かべた。

「あんた、“感”は鈍いくせに“勘”は有り得ないほどいいのね。やっぱりあたしの弟だわ」

カン?

一人ハテナマークを飛ばしている俺に、姉ちゃんはさっ、と手を振って、足早に家を出て行った。