が華眞と共に旅を始めて、早くも二ヶ月が経った。 今まで一人の旅では、馬を飛ばして人の多いところで慧の情報を尋ね回るといった形式をとっていたため、一つの州を抜けるのに一ヶ月くらいで済んだ。 しかし、華眞を伴って行くのではその倍かかってやっと黒州州都につくのが精一杯だった。 「もう傷は良いようですね」 「二ヶ月も経てばな。縫合の痕は残っていても、痛みはもうない」 「何だかんだ言って、私が送ってもらうような形になりましたねぇ」 千里山脈の山裾を迂回して抜けてきた旅路の途中、二度ほど山賊に遭遇した。 最初の遭遇はがまだ傷が塞がりきっていなかったため、華眞を馬に乗せて一気に駆け抜け、趨駿の自慢の駿足で襲撃を回避した。 二回目は黒州に入ってすぐ、その時にははほとんど回復していたのを良いことに、リハビリと称して容赦なく応戦した。 茶家の影に比べて話にならないくらい弱かったので結局剣を抜くことはなく、素手でぼこぼこにしてやったので良い運動になったと思っている。 ちなみにその山賊は山賊行為はが初めてという運の悪い奴らで、に恐れをなして最終的には土下座した挙げ句、に殴られたところを治療してやった華眞に感激して二度と山賊行為はしないと約束した。 それだけ、だったら良かったのだが。 「兄貴、あっちが黒州の州城でさぁ」 「オイコラ、誰が兄貴だ。俺はお前みてぇな二周りも年上の髭面野郎の兄になった覚えはねぇ」 十数名の山賊は今、の旅に同行している。 もちろん、は許可してない。 どうやらこの山賊たちは黒州の有名な武道家の門下生だったが、破門された中途半端な奴の寄せ集めらしく、先日弟子入りを申し込まれた。 「俺は武術の専門家じゃねぇし、お前らにたいして何の責任もねぇ。さっさとどっか行けっての」 一度破門されたものは仕方ないが、頭下げるなり、別門に入るなり、故郷に帰るなり、とにかく俺を巻き込むな。 先頭の馬に十四、五の紅顔の美少年。 その後ろには柔和な顔立ちの男性が跨っている。 そして続く馬にはいかにも山賊風な出で立ちをしたムサい男たち。 店に入ろうにも宿をとろうにも周りの迷惑を考えて実行できない。 「あんな奴ら気絶したまま放っておけば良かったんだ」 「なにぶん、そういう性分なもので」 「わかってるよ」 言いながら目指すは州府。 山賊どもを引き渡すつもりはないが、こうなったらそうしても良いかも知れない。 馬を走らすでもなくパカパカと並足で歩いていると、道の向こうに待ち伏せするかのように騎馬の一団が展開していた。 「?」 「や、やばいっすよ、兄貴!」 「兄貴じゃねぇって言ってんだろ」 が目を細めて騎馬の一団を見ると、誰もがある程度の武装をし、様子から見てかなりデキる奴ら、そこらのチンピラとはワケが違う。 「おい」 「はいっ」 「ありゃなんだ?」 「黒州全土のみならず、白州にまで幅をきかせるヤクザの一団っすよ!黒州は、州府と黒家、そしてそいつらで統治されてるようなものなんです」 それを聞いては馬の歩みを緩めた。 茶家と違って排他的なところはないと思っていた黒家だが、色々と特殊な州のようだ。 藍家五男が黒州に入ったことは関所から通達がいっているだろう。 それに関しての何かか、それとも用はに対してではないのか。 「おい、お前らはついてくるな」 「はっ?兄貴?」 背に華眞を乗せたまま、馬の脇腹を蹴って早駆けさせ、手綱を引いて横道にそれる。 騎馬の一団は統率のとれた動きで右半分がの後を追ってきた。 全部がを追ってこないところをみると、以外の山賊にも用があるらしい。 どうやら仲間と思われたか、と舌打ちして、馬の腹をさらに蹴った。 「あの!一体何なんですか?」 「知るか!知らんがとにかく追われてる」 司馬家直伝の馬術には流石のヤクザ達も追いつくことが出来ないようだ。 「兄貴〜!戻ってきてくれぇ〜!!」 「馬鹿野郎!そんな義理がどこにある!お前らの巻き添え食うのは御免だ!」 一団の残りに取り囲まれた情けない山賊達は一騎駆けるに口々に叫ぶ。 それに無情に言い捨てて、はさらに馬を速めた。 ここで黒州から抜け出したら慧が探せないじゃないか。 白州でも同様になるだろう。 まったくいい迷惑だ。 と、前から二騎、左から一騎、右から二騎、後ろから三騎が迫ってくる。 「げ!土地勘ではあっちの方が上か!」 「馬を止めて話し合ったらどうです?」 「話を聞いてくれるような奴らならな!!」 左からだけ人数が少ない。 普通ならそこを突っ切ることを選択するべき。 しかし土地勘のないではうまく誘導されて行き止まりに追い詰められる可能性も高い。 「華眞さん、しっかり掴まれよっ!」 前から迫る二騎を見据えて少し腰を浮かせる。 地面を蹴り立てる歩幅がますます広がり、の馬はその勢いのまま相手の二騎にぶつかっていった。 当然、怖気づいた馬たちは乗り手を振り下ろし、興奮する。 「よくやった、趨駿!」 「わわわ、あっ」 の腰に回していた華眞の手が突如離れる。 驚いて後ろを振り返ると、華眞は鉤の付いた槍のようなもので馬から引き下ろされていた。 このスピードの馬から落ちたら、怪我じゃ済まない!と焦っただったが、ヤクザ達は華眞が地面に落ちるよりも先に華眞を受け止めていた。 それを見ては安堵と共に馬を止める。 山賊たちに義理はないが、華眞は命の恩人だ、見捨てることはできない。 これが華眞のお人よしが招いた事態であっても。 「ったく」 馬の向きを変えてヤクザ達と向き合う。 に向かって軽蔑したような声がかけられた。 「仲間を見捨てて自分だけ逃げるとは何たる男だ」 「はァ?仲間じゃねぇよ。あいつらは加害者、俺は被害者」 「あの場合君のほうが加害者っぽいですけどねぇ」 「そこ、うるさい!」 馬を降りろ、と告げられて、じゃあんたらも降りな、と言ってやったら案外素直に先に降りた。 華眞がこちらの手にある限り、が逃げ出すことはないと確信しているらしい。 そしてそれは悔しい事に事実だ。 「俺たちのシマを断りなく荒らしていると言うのはお前らのことだな」 「俺は山賊たちとは何の関係もない。逃げたことで疑われる様な素振りをしてしまったことは詫びるが、事実、無関係だ。話す場を設けてもらいたい。釈明させてもらおう」 ヤクザ達は半信半疑なようだったが、随分理知的なヤクザらしい、の予想に反してあっさりと話を聞くと言ってくれた。 ヤクザがこんなに話の分かる男たちなら最初から逃げなきゃよかった、とは密かに悔いた。 「兄貴ぃ〜、置いてくなんてひどいっすよぉ!!」 取り囲まれた山賊たちは縄こそかけられているものの、手荒に扱われた形跡はなく、の知る『ヤクザ』とはかなり違った印象を受ける。 やっぱり仲間なんじゃないか、という視線を受けてはそれを睨み返す。 「改めて言うが、仲間じゃない。こいつらは黒州に入ってすぐに襲ってきた山賊で、返り討ちにしたんだ。そしたら弟子入りだなんだ言って勝手についてきたんだ」 「馬鹿な!全商連にすら被害を与えた奴らをお前一人で倒したと言うのか?」 「…………お前ら、初めてじゃなかったのか。ほーお、ふんふん、なるほどなァ」 「あ、兄貴?顔が怖いっすよ?俺ら自慢じゃないけどものすごく弱いでしょ、根性ないでしょ?全商連の護衛相手に勝つことなんてできませんって。マジで今回が初めてですし!」 必死で弁解する山賊たちの情けなさにヤクザ達も疑問を抱いたらしい。 「おい、本当にこいつらなのか?」 「手配書には十代と思われる若者が率いる十数名の小規模な賊。全員が馬に乗っており、被害はいずれも千里山脈を抜けて黒州に入ったばかりのところで起きています」 「おいおい、それだけで俺らを犯人と決め付けたのか!?証拠を上げろ、証拠を!話にならねぇな!お前らの親玉んとこに連れてけ!直接話しつけてやる!!」 完全に身を竦ませてる山賊たちと、のほほ〜んとしている華眞、一人怒っているを見て、ヤクザはどうやら自分たちが間違っていたようだと思ったのだろう。 「済まなかった。どうやら――――」 「いいから連れてけ!」 こうして、気が立っていたは面倒なく事を終える機会を自分の知らぬ間にフイにしてしまった。 「あんたが頭領か。説明してくれるんだろうな」 は勢いのままヤクザの頭領の前に立っていた。 華眞はいかにもその筋の顔の奴らに囲まれているというのにやはりのほほん、としている。 「その前にこちらから一つ聞くぜ、坊主。お前は山賊とは何の関係もねぇし、一緒に来たやつらは山賊と言えどまだ手を染めてねぇ、そうだな?」 「ああ。厳密には俺が被害者一号だったんだが、相手が悪かったな。それで?お前たちが間違えた山賊ってのは?なぜヤクザが山賊を追う?」 頭領は目つきの悪い迫力のある男だったが、は特に怖気づくことはなかった。 頭領の前に堂々と座り、腕を組み、足を組む。 それに周りの奴らが青筋を浮かべてもハラハラしてもは気にしない。 本当に器が大きい男と言うのは自分の前で偉そうにしている奴がいても腹を立てないものだ。 「おい!誰か地図を持ってこい」 頭領に命じられて黒州の地図が机の上に広げられる。 「ここ、茶州との境に出没する。どの被害も全部黒州の中だ」 「州武官が取り締まるべきだと思うが?」 「黒州には俺たちと州府との取り決めがあってな。俺たちは堅気に迷惑をかけねぇ代わりに裏街の権利を全て譲位されている。同時にはみ出し者の管理も俺らの仕事だ。その俺らの縄張りで俺らに断りなく荒らしまわる奴がいたら困るってもんよ」 「なるほどな……………」 いわゆる昔気質のヤクザ、一般人の平安を守ると共に州府と対等な関係をしているということか。 「あんた達がそいつらを追う理由は分かった。だが、手配書の情報だけでは曖昧じゃないか?」 「実際に被害にあった奴らが言うには全員が覆面、顔を出しているのは首領と思しき美青年だけってぇ話だ。日にちもまちまち、規則性がねぇ。被害にあったのも産出した鉱物を運ぶ一般人から全商連系列の酒屋、武器を集めてるわけでも、高価な積み荷を狙ってもいねぇ」 は地図をじっと見て、差し出された手配書の詳細を読んで、唇を釣り上げた。 被害の数、場所、そしてその積み荷の種類。 「華眞さん、ちょっと寄り道するけど、いいか?」 「ええ、私は大丈夫ですよ。でも危ない事はしないでくださいね」 「どうかな。――――頭領さんよ、俺が口で否定しただけじゃあ信じらんねぇんだろ。あんたはともかく、あんたの仲間は完全に警戒解いちゃいないみたいだぜ」 「まぁな。こっちも証拠がねぇが、そっちも証拠はねぇ」 「俺も山賊呼ばわりはごめんだ。こいつら捕まえるの手ェ貸してやるよ。――――条件と引き換えにな」 自信満々に言い切って、手の中の手配書を机の上に放り投げる。 バサバサと舞い上がったそれが床に散らばり、は悠然と足を組み直した。 「協力の条件は俺に対する疑いの解消、成功の暁にはもう一つ俺の条件を呑んでもらう」 「てめぇ、勝手に……!」 カッとなって怒鳴りかけた傍の男を頭領が一睨みで黙らせ、同様にを睥睨する。 「利点がねぇな。おめぇに手を貸してもらわずともいずれ奴らは捕まえる」 「いずれ、じゃ済まねぇんだろ?そうでなかったら誰かれ構わず怪しい奴を捕えるなんて真似しないはずだ。あんたらの仲間の一人が全商連に被害を与えたって言ってたぜ?そうなりゃ全商連が動くし、州府も動かざるを得ない。自分の縄張りで起こったことで、きっちり自分の手で落とし前つけさせたいなら、急がねぇとなぁ?」 頭領はクソ生意気なガキが、と吐き捨てた後、突如大声で笑い始めた。 「気に入った!おめぇ、その若さで随分肝の据わった男じゃねぇか。まったく、養子に迎えたいくれぇだぜ。俺のせがれは『官吏になりたいからなって何が悪い』つって出ていっちまったしな」 「俺はヤクザにゃなりたくないから御免だ。で?話は呑んでくれるのか?」 「まずもう一つの条件を言え。お互い隠しっこナシだ」 そこで安易に頷かないで条件を言わせるのは流石ヤクザだ。 口車に乗せるのは難しい。 「俺はある人を探して旅に出ている。年は二歳か三歳、盲目、琵琶に異常な執着を見せる。そいつはどうやら茶州にいたらしく、黒州に抜けている可能性がある。情報が欲しい」 「名は?」 「慧と呼ばれている。幼名で、もう呼ばれていないかもしれない。今が冬だから………茶州で最後に確認されたのはもう一年半も前になる」 頭領は髭の生えた顎を撫でながら、難しいな、と呟いた。 「面が割れてるなら見つけ出すのに時間はかからねぇが、それだけとなるとなぁ」 「おいおい、焦んな。今とは言ってない。情報を渡すって確約をくれりゃあいいんだ。俺がこの黒州を去った後でも、俺のもとに連絡をよこしてくれ。別に見つけたからって引きとめておけとは言わない。ただいたと教えてくれ。そしてどこに向かったかを。俺はそいつの歩んだ道筋を追って、自分の力であいつに追いつくから」 は自分自身の穏やかな表情に気付いていた。 前似たような言葉を碧創喜に告げた時には、自分はどこか情けない顔をしていたように思う。 あのころとは違い、は慧をもう一度この手に抱くと決めている。 消息を知ればすぐさま追いかけると決めている。 そしてこちらから探すこともやめない。 「坊主、そいつに恋でもしてんのかよ」 の感情のこもった言葉に、頭領や他のヤクザに向けていたまっすぐな気迫は消え、それはまるで恋人を追うような熱を秘めていた。 「恋――――なんて安い言葉じゃねぇよ。ずっと昔に別れた幼い自分との遭遇さ」 慧の記憶の中には、情けなくて、見栄っ張りで、臆病者のどうしようもない兄として残っているかもしれない。 それを、今の自分に塗り替えるために。 大人になって、自分自身に向き合える勇気を持って。 今度こそ慧の前で、本心を告げる。 その言葉はまだ選び途中ではあるが、それを決めるくらいの時間は残っているだろう。 「成功したらその確約をしよう。名前は、住まいは?」 「現在は放浪の身だが、連絡先は藍州州都、藍家本邸、藍宛てに頼む」 周りに走った空気が凍るような静寂から、頭領だけが復活する。 ちなみに華眞は最初から驚いた様子はない。 「何故それを最初に言わなかった?流石に藍家嫡男に疑いをかけるような真似はしなかったぜ?」 その言葉には呆れたように笑って、首を振る。 「どんな名家だろうと、金持ちだろうと罪は犯す。家柄を理由に疑いを免れるのは不条理だ。好きじゃない。それにこうして取引もできたしな」 こいつ、わざと黙ってやがったか、と頭領は舌打ちした。 見かけでは綺麗なだけの少年かと思いきや、度胸は大の男よりも座っている上、考え方が非常に気持ちがいい。 予想以上にこの貴族のボンボンを気に入ったようだ、と思いながら、頭領は白髪の交じる頭を掻き上げた。 「そうか。――――――さて、あんたはこの山賊たちをどうやって捕らえるつもりだ」 それに唇の端をあげて、床に散らばった一枚をトン、と指で差す。 「犯人の出没する場所以外に共通点はないように見えるけどな――――積み荷は結びつければ一つのものになるんだよ。ことによっちゃあ、ものすごくでかい事件かもしれないぞ」 分からない顔をしている男たちを見回して、は声を上げて笑った。 「これでもな、理系なんだよ、俺は」 |
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